2016年2月1日号(第3号)掲載

 昨今、学校でのボランティア必修化の動きが進んでいる。任意の単位認定科目として設定するのならばともかく、これを必修とするのは、事実上の強制だ。
 そもそも「ボランティア」の語源を知っているだろうか〜「志願兵」という意味である。従って、「ボランティア」というのは、個人の自由意志により行われるべきものである。つまり、昨今の「ボランティア」必修化の動きは、この原則に反する。

 だが、残念なことに「体験学習」と称して福祉施設や清掃活動、児童福祉事業等に労働力を無償で動員している「ボランティア」活動の実態がある。
 本来、福祉施設や清掃活動、児童福祉等の労働力確保や弱者救済は行政の仕事である。これを財政難を理由に忌避しておきながら、純粋無垢な学徒を「ボランティア」の美名の下に動員するなど言語道断である。何の為に皆が税金を納めているのか行政にはよく考えてもらいたいものだ。

 こんなことを書いていると、「お前は思いやりの心がないのかー!」などと激昂する人達が居るが、彼らは「思いやり」を履き違えているようにしか思えない。
 先にも述べたようにボランティアは個人が自主的に困っている人に手を差し伸べるものであり、半強制的に動員するものではない。あくまで「思いやり」は個人の自由だ。誰かが思いやりを強制することはあってはならない。

 特に所属生徒に関して絶大な権力を行使できる学校当局が、これを強制するというのは、「現代の学徒動員」であり、「強制徴用」であると断じざるを得ない。また、進学の評価に「ボランティア」活動が反映されることで立場の弱い生徒が学校当局から「進学が有利になる」と甘言で徴用される現状は大変不愉快だ。

 私は生徒の自己決定に基づくボランティアには大いに賛成だが、学校主導のボランティア活動は直ちに廃止すべきだと思う。学校当局がボランティア募集を行うことも不適当だ。ボランティアは本来の意味通り生徒の自主性に任せるべきで、強制もしくは事実上の強制があってはならない。高校生自身による事業のコーディネートを行い、高校生による自主管理組織を作り、大人に干渉させることなく、本当のボランティアをやろうではないか。ボランティアは義務ではなく、権利だ。我々高校生発のボランティアを始めるべきではないだろうか。

(編集局長=平松けんじ)※掲載当時